ここからのレジリエンス
2022年が明けて一週間が経った。コロナ渦3年目、今年こそはと希望を抱いて年を越した方も多いのではないだろうか。或いは、オミクロンだけでなく今後の変異株まで想定して、予想通りの展開とみている向きもあろう。年明け早々に雲行きが怪しい。GoToの再開も当面見送られ、この調子では海外旅行とインバウンド回復の足取りは思った以上に重いことを思い知らされる。しかし、感染状況が日本よりずっと先行している欧米では、政策の舵取りも国民の意識も、それでも前へ進もうと覚悟を決めているようだ。我が国の政策にも、繰り返される感染症との共存を前提として、社会が立ち向かう力を付けるようなリーダーシップを期待したい。さもなくば社会のレジリエンス(復元力)という点でも、欧米に大きく水を開けられてしまう。
今回のコラムでは、やがて復興の道を歩む旅行業界のレジリエンスについて考えてみたい。この2年は多くの会社が、存続することだけで精一杯だった。失われた2年間を耐え抜いたのだ、未だ晴れない目の前の光景に舌打ちしたくなるのは皆同じだろう。顧客のためにも、社員のためにも、株主のためにも存続しなくてはならない。しかし、企業が存続する以上、競争する力を備えていることが肝心だ。待ち構える厳しい競争に晒されて、もっと苦しい思いをするのでは、この2年間が無駄になる。世の中の行動様式も変わり、我が国の生産性は主要先進国中最下位とも言われている。元に戻るだけではなく、旅行業界にはより強く回復するレジリエンスが問われるだろう。
我が身にも等しく当てはまる。この2年間少なくとも日本市場においては、NDCの浸透は停滞した。いろいろな試みが進みかけては、止まった。しかし、当社はアグリゲータとしての商品開発をひと時も止めなかった。その成果は、2年前と比べて質量ともにずっと進化したサービスとして表れている。もっとも、その真価が試されるのはこれからだ。挑戦者として、一つひとつのご縁に全力で取り組んでいかなくてはならない。
旅行会社経営者の方々も、ビジネスモデルの変革や、新しい収益源の開拓に必死に取り組んでおられるに違いない。一つ言えることは、どんなビジネスを開拓するにも、デジタル化された強い体幹がなければ、これからの競争を優位に進めることは出来ないということだ。欧州の例になるが、2021年11月、欧州議会の運輸・観光委員会(TRAN)に提出された研究報告「 Relaunching transport and tourism in the EU after COVID-19 」(注)に、欧州の運輸・旅行産業がコロナ渦から立ち直り、より強く復活するための政策提言がまとめられている。報告書は、マニュアル作業に頼った旅行業を、デジタル化することが不可欠と指摘しており、そのための投資を行う余力がない中小の旅行会社への経済的援助が必要であると提言している。欧州では、失業対策だけではなく、RRF(Recovery and Resilience Facility)を始めとする数十兆円規模の様々な財政支援プログラムが、EU加盟国において産業の再興を促すための資金を供給している。我が国でも雇用対策に留まらず、運輸・旅行産業のデジタル化投資を可能にする、一段ギアを上げた支援策を強く期待したい。
では、これからの旅行業界の復興ロードマップを描くとき、どのようなデジタル化を構想すべきだろうか。今日の旅行業界は、極端な表現をお許し頂けるなら、データ、チャネル、業務手順、情報システム、あらゆるものが「断片化」された状態にある。故にそれを繋ぎ合わせる時間も人手も必要になっている。どうしてこのような構造が常態化したのか。理由はいくつかあろう。根源的な理由のひとつは、航空業界のPNRや航空券に代表されるように、ホテルやレンタカーなどセクター毎に異なる標準がお互いに相容れないこと。もう一つは我が国固有の理由が含まれるが、国内線、国際線、そしてLCCにチャネルが分かれ、組織も業務プロセスも縦割り構造が定着してしまったこと。これからの旅行業をデザインするとき、こうした問題に取り組むことは大いに意義があるだろう。チャネル毎に異なるデータとシステムを、フロントオフィス、ミッドオフィス、バックオフィスとシームレスに統合するには、標準化された柔軟性の高いスキームが必要である。前回のコラムでも触れたが、NDCとOne Orderはそのためのスキームを提供する。もちろんこうした進化は、一朝一夕に成せるものではない。しかし、かと言って時期尚早と視界の隅に置いておくだけでは、気付いた時には周回遅れになりかねない。そうならないよう、旅行業界は業界のアーキテクチャーを再構築することをビジョンに掲げて、復興の道を進んでいくべきだろう。そして、こうした課題へのチャレンジが、個社レベルではなく、先進的な複数の旅行会社が率先し、大きなうねりとなっていけば理想的だ。ぐるりと周りを見渡してもまだ革新的な動きは感じられないかもしれない。それは、旅行だけでなく、私たち自身の思考が国内に閉じ籠ってしまっているからではないか。今こそ世界に視野を拡げてみてはどうだろう、何かヒントが見つかるかもしれない。
注:レポートへのリンクhttps://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/STUD/2021/690884/IPOL_STU(2021)690884_EN.pdf