コラム

顧客目線のリテイリング

いよいよ時代は回転し始めた。
とても長かった。というのが筆者の率直な感想である。
エアラインが先導するマーケティング戦略の変化が、40年以上も続いたディストリビューションテクノロジーの刷新を促している。航空券流通において技術革新がこれほど長く停滞した理由はいくつもあるが、今日は、そのことよりも、今後の流通システム全体への影響について考えてみたい。

エアラインは近年の航空座席販売の進化を『リテイリング』という表現を用いて説明している。食料品や電化製品の小売店、リテイルバンキングなどで、既にお馴染みだとは思うが、『リテイリング』には一人ひとりの買い手に商品を売るという元々の意味と、一人ひとりのニーズや欲求に合う商品を提供するというマーケティング上の意味が込められている。なぜ今さら?今までと何が違うのか?と思われるかもしれない。かみ砕いて言えば、前者の意味では、エアライン自らが一人ひとりの旅客に航空商品を販売するリテイラーとして、自社サイトを通じた直販を引き続き強化していくという、従来からの方向性にお墨付きを与えたかたちだ。片や後者の意味では、直販か間接流通かを問わず、エアラインとしては一人ひとりの旅客ニーズに応じてパーソナライズされた自社商品を売っていくという、今までとは少し異なるニュアンスが含まれている。あえて違いを強調するならば、第三者を介した流通でも、自社の誇るプロダクトと顧客サービスをコモディティ化させないというエアラインの強い意志が感じられるのだ。

こうしたリテイリング強化の流れは、流通サイドにどう影響するだろうか。まず、顧客ニーズに応じてダイナミックでブランド化された航空商品をエアラインと直接取引できる新しい流通技術、NDCに対応しなくてはならない。自社で直接エアラインとNDCを使って接続する方法もあるが、当社のようなアグリゲータを通じて世界中の様々なエアラインと一斉に繋がり、その後のメンテナンスも一括して任せるという方法もある。また、消費者に対してのサービスでは、最安値検索型ではなく、顧客が求めるサービスの内容・条件に最適な運賃を導き出すよう、旅行会社のコンサルティングツールも、ブッキングエンジンの設計も変更しなくてはならない。例えば、あるフライトの最安運賃は、機内持ち込み手荷物に追加料金が発生する運賃かもしれないからだ。

このように技術面では非連続的な変化を取り込むための影響を免れないが、業務面ではどうだろうか。リテイリングのコンセプトについては、そもそも旅行業は、素材を仕入れ、ある顧客セグメントに対してカスタマイズした旅行を造成し、様々なオプショナルツアーを用意してパーソナライズしている。とうの昔から旅行のリテイリングに取り組んでいると言えるだろう。BTMなどは、個人のニーズや企業の制約に合わせ、複雑な旅程を実現させるという点では究極のパーソナライズサービスと言ってよいかもしれない。旅行を自在にカスタマイズしたいという消費者の欲求があるのも、FITへのシフトや、OTAの台頭からも異論のないところだ。そこへ航空商品もパーソナライズできるようになれば、ワンストップで旅行者が求める旅行を提供できる旅行業界の存在意義は高まるではないか。実のところ、筆者はエアラインがリテイリングを強化すればするほど、中立的なリテイラーの価値は高まると考えている。市場に魅力的な商品が増えるほど、それらを比較して自分に合ったものを選びたいという消費者の欲求を刺激するからだ。蛇足だが、リテイリングの進化はNDCでは終わらず、この後に続く『One Order』によって飛躍的な進化を遂げる。その土俵に上がった旅行会社は、事業を大きく発展させているのは間違いないと思う。

このように考えれば、航空商品のリテイリングの流れは、旅行業界にとってもプラス材料であるように見える。しかし、実際には、今までの流通システムに依存した収益構造、複雑に絡み合った社内システムなど、新しい取り組みを逡巡させる壁が立ちはだかっているのも事実だ。そこへコロナ渦による危機である。サプライチェーン全体が崩壊してしまっては、希望も持てないが、世界のエアラインは力強く復活を期している。ポストコロナの市場でマーケットシェアとイールドを取り戻すために、リテイリング戦略の手綱を緩めてはいない。旅行業界もポストコロナの波に乗り遅れることなく、力を合わせて新たな間接流通の価値を高めていかなくてはならない。

覆水盆に返らず。少なくとも元には戻らない可能性が有ることを前提に、事業の立て直しを行う必要があろう。我々テクノロジープロバイダーはそのような旅行業界の再生を助けるパートナーとして、今こそ役に立たねばならない。後ずさりするためではなく、一緒に前へ進むために。

バーテイルジャパン株式会社
代表取締役社長 上甲 哲也